
丸目長恵 像
道の駅「錦」(おー、山口県の他にも熊本にあった…)でチト目についた。筆者の限りなく偏った認識だと、某信長ゲームで「統率」高いが政治がダメで、経験値が稼ぎづらいキャラとして定着している。史実通り「師範」として使うのもアリだが「鷹狩」(?)ばっかやらせるのもネ(苦笑)。それは置いといて、裏の略歴に「上泉信綱に師事」とある。上州まで修行に来てたのだろうか? と、調べてみたら「上洛時」と有ったので、上泉信綱も京へは上っていたのだ(ある意味幕府(朝廷)公認の剣術だった)。


丸目長恵 像
道の駅「錦」(おー、山口県の他にも熊本にあった…)でチト目についた。筆者の限りなく偏った認識だと、某信長ゲームで「統率」高いが政治がダメで、経験値が稼ぎづらいキャラとして定着している。史実通り「師範」として使うのもアリだが「鷹狩」(?)ばっかやらせるのもネ(苦笑)。それは置いといて、裏の略歴に「上泉信綱に師事」とある。上州まで修行に来てたのだろうか? と、調べてみたら「上洛時」と有ったので、上泉信綱も京へは上っていたのだ(ある意味幕府(朝廷)公認の剣術だった)。


絶対観光客向けでは無いと思われる。なにしろ入手したのが、国道から外れて、更に細い路地に入った地元の生協。180円という価格も観光価格とは思えんが、地元民の為に、地元の食材を生協は毎日仕入れてる? さて、味の方だが、かまぼこは別段「かまぼこ」だが、さつま揚げは思っていた以上に「甘い」。関東のが「塩」の入れすぎなのか、塩分は一緒で、こっちのだけ砂糖が多いのかは不明だ?

この人、何やったのか正確に言えないけど、幕末小説読んでると西郷隆盛とセットで必ず登場する。案内板の説明を読むと、1.地元の領主(養子) 2.島津斉彬に登用される 3.倒幕運動に加担 ってな感じだが、結果的に倒幕後、廃仏運動が起きて菩提寺が無くなってしまう皮肉。今の墓地も後から小松家の歴代当主とその妻の墓石(かなり特殊な形状)を寄せ集めたとのコト。


なんか、マンマと策略に乗せられた感が有るな…。昼時(筆者の場合は11時から12時の間)立ち寄った道の駅「阿久根」で、「お得」な定食は無いかとレストランを覗いたら、塩サバとアジ開きの定食が¥700って出てる。微妙なセンだが無性にハラがヘっていたので席には着くことにした、が、テーブル上には一般メニューが何処ぞに仕舞われ、「バブリー」なおすすめメニューが拡げられて、「コレ食え!」的な雰囲気(笑)。なんか、その中でも一番マトモそうな海鮮丼注文してる、意志の弱いオトコが一名。良い、旨きゃ。コリコリの鯛も中々だったが、キビナゴ旨いなぁ。キビナゴづくしのメニューで一杯やりたくなった。

看板の「縁結び」に惹かれたのではないことを初めに断わっておく。その下の「パワースポット」なるものが「どんな」だか実感してみたかった。しっかし…、神社なのに何で「お寺」のマークを描いているのか? ソコは置いといて、簡素な本殿に「二拍一礼」した後、右横の「祠」みたいなトコをじっくり見学。ところどころ水が滴っているチョー浅い洞窟の天井は、多分「方状」の柱みたいな石(岩)がぎっしり詰まったみたいに思われる。例えると、六角形の鉛筆が縦に無数に埋め込まれた天井を下から見てる様だ。運悪く一本が滑り落ちてきたら命が無いな…。そんな意味でパワースポットなのかなぁ??



何の説明もなしに「霊厳寺の奇石」とツーリングマップルに出てた。そんなポイントに固執できるのも旅人のお気楽が為せる何んとか…。道沿いに「座禅岩」と矢印看板が有ったので、奇石=座禅岩だと推測できる。ココからが急な急な「登り」。途中に仏像岩ってのもあって、危うくホンモノを見ずに退散する「石清水八幡宮」(?)をカマしそうになるが、20分ほど、さんざ登りきったところに有った。有ったのだが、そのロケーション(下の写真)に足がすくんで、正面に回ることができなかった…。しばし背中を拝む。この仏像、彫ってからココまで運んだのか? この場所で彫ったのか? いずれにしても難儀だ。



バイクでブラブラ散策してたら偶然発見。規模(敷地)はデカイが、城址では無いのでツーリングマップルに記載がない? あるいは「主人」がそれほど有名じゃないのかなぁ? 寓話「3本の矢」の中の1本だし、筆者的にはゲームの中で「使える」武将の一人なのだが…。さて、館としては立派な石垣を備えているが、案内板によると隠居後の住まいとして造成されたとのコト。さらに奥手に進むと、元春と長男元長の墓がある。以前見学した、郡山城址の麓に毛利元就の墓が有ったように、毛利家では居城近くに墓を造る習慣だったのかなぁ?




スーパーとかで年末から「やたら」お高いんで、こんな時期に外国産オレンジとか食べてたまあさき。たまたま通りかかった静岡県西部で、多少の期待をもって走っていると、「道端で売るような品じゃない!」というプライド(?)なのか、タンに最盛期を外れたのか、全然売ってないなぁ。かなり進んでほぼ浜松ってトコでやっと待望のソレを発見。クルマ止めて、100円握り締めてGO! 台上の数袋、夏みかんみたいなの2個入りと、大きめみかん3個入りがあるけど、みかんを選択。クルマに戻って早速皮をむく。デカイのはやはり水っぽいな。それでも半分はけっこう良い味がした。

まいど、中途半端なリサーチにより、駐車場は駅西口のを利用すると2時間まで無料、ということは調べておきながら、城跡が何処か? という肝心なトコを知らずに歩き始めるアホ1人。頼みの「案内板」がどこにも無いことに焦り出し、ドコゾで記されていた「海に突き出た」という一文をもとに、全然関係無いホテルの敷地をウロウロ(苦笑)。通りかかったジョギング中の男性に尋ねて、見当違いの方向を指差される始末(トホホ)。30分のロスの後、その名のとおり「城山公園」に辿り着く。上って行くと、やがて現れた本丸跡の広いこと(サッカーくらいできそうだが、ラインアウト時のボールはタイヘン)。以前は小学校のグランドとして利用されていたという名残だろうか? 本丸が建てられていた所には「土俵」が残っていた。ここから眺める伊勢湾。居城としていた九鬼水軍は、信長の石山本願寺攻めの際に大阪湾まで出張って、毛利方の水島水軍と大海戦の末、勝ったんだか負けたんだか…。筆者のイメージとしては、城主=海賊と言った感じだ。





なんか…、細い車道が伸びていて、一ノ丸跡直下まで、クルマで登れるようなのだが、詳細は不明だ。

5年くらい前に、北側からバイクで動画撮影しながら走って以来なのだが、今回は「冬」。道路状況は良くワカランが、南側は「半封鎖」&「チェーン必須」の脅し文句付き。ついでに気温は「-3度」。まぁ、古いスタッドレスがどんなモノだか、ヤバかったら引き返そう…、と走り出すと、しばらくは問題なし。が、標高が上がると、まず新雪→凍結の上に雪、一部凍結路、みたいなのに変化。周囲の景色は清清しいのだが、そんなの見てる暇がない。路面に神経を尖らせ、トロトロ走る。やがて標高1000mを超えるくらいで、慣れてきたのかソコソコ走れると思った矢先、長い下り(当然ゆるくブレーキ踏みながら)で、後輪が少し横滑りして「一瞬」血の気が引く(左の「ふた」してない側溝まで約1m)。所々、ワダチをはみ出し、ガードレールで止まったタイヤ跡にビビリながら、高野山下まで無事降りて来た。
