栃木県のあたりは大昔、下野の国と言われていた(らしい)。
ソコを訪れようと思ったのは偶然だ。このブログに度々登場する「日帰り温泉」を検索すべくGoogleマップをズリズリしてたら偶然「下野国庁跡資料館」というのが目に入った。場所的に田んぼしかない様に、印象を持っていた地域だったので少し意外。ついでに思川を渡った対岸2キロくらいに「しもつけ風土記の丘資料館」というのも存在して、大昔を偲ぶには適当な地域と思い、冬場の「暇」に合わせて出かけてみた…。
最初は下野国庁跡資料館だが、田んぼの中の集落といった場所にあった。前の駐車場は4-5台MAXといった広さで、1台クルマが止まっているが、たぶん職員さんなのだと思った。中に入ると、さっそく年配のおじさんが事務室から出てくるので、挨拶すると…、「今、照明を点けますので…」と展示室の明かりを灯してくれる。まぁ、中の展示は説明中心で、展示物は掘り出された瓦とか、木簡の類で目を引くものが無い。なんとなく理解できたのは、奈良時代、この辺りが東北討伐の前線地帯だったらしいコト。坂上田村麻呂よりも前の頃らしい。部屋の1/4が保管庫みたいになっている部屋を10分程度見学し、月に何人ココを訪れた見学者の為に明かりを灯しているのか、心配になってきた事務員さんにお礼を言って、建物南側に出て少し歩くと、復元された「前殿」(上の写真)がある。さらに東西の脇殿跡には、柱が立てられていた跡が再現されていた。
クルマで10分くらい走り、しもつけ風土記の丘資料館に到着。まぁ、そんな近距離に似たような資料館が複数あるのは、歴史資産が濃いのもあるが、先ほどのは栃木市管轄、コチラは下野市という、行政区分の関係だ(ちなみに…、どちらも入館料は無料)。建物に入ると、受付で何処から来たのか都道府県だけを記して申告終了。先に進むと…、ヲヲ!、全然お金がかかっている(笑)。先ずは照明からして明るい。ただし、展示自体は古墳とか埴輪が中心で、国府跡からさらに時代を遡って古墳時代か? デカい馬の埴輪のオシリが気になるなぁ(苦笑)。
一通り見て、最後の方に有った展示が一番目を引いた。当時の庶民、役人、貴族が食していた「膳」の食品サンプル(ホントはスマホで写真撮ったのだが、よく見るとガラスケースに「撮影禁止」のステッカーが有ったので公開は自重)。庶民の食事は4品で、雑穀(主食)に山菜が入った汁、酒粕の飲み物(デザート?)と小鉢にあったのは「ひじき」! なんか、下野でヒジキは意外過ぎるので、もう少し海辺の庶民の膳だと思う。一方の貴族の食事の皿数が多いこと…。日本中から献上されてくるであろう海の珍味に、贅を尽くしたかのような膳だった(奈良とかの貴族食だと、どうやって鮮度を保って運ばれたのかは不明なので、海辺に住んでた貴族かな??)。まぁ、この「膳」だけ見に出掛けても良いような内容だった。
たぶん、こんな日光連山の景色は当時からあまり変化ないだろう…。